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みんなの「真山青果」ブログ


台本完成!

2008/07/30 23:50
今日の稽古は、会場の手違いなどから、4時間の間に転々としながらの稽古でした。
今日は、もともと予定はしていたのですが、そんな影響もあり、台本を完成させました。

もちろん今までにも台本はありました。
真山青果が1924年に書いた作品ですからね。
真山青果が書いた戯曲を手直しさせてもらって、上演台本を作ったのです。
大作家の真山青果の本ではありますが、古い言葉、意味の取りにくい言葉があります。現代のお客さんが聞いてもわかるように手直しが必要でした。もちろん大幅な改ざんはしません

といいつつも、今まで出来ていたのは第4稿。つまり第5稿が決定稿となるわけです。
第4稿までは、6月の段階までに、白岩がテキストレジーをしていました。
稽古が始まってから、およそ1カ月間、分かりにくい表現やより良い表現を求めていたというわけです。大げさに言えば・・・言い過ぎですけど
そして今日みんなで意見を出し合って、上演台本が完成

それにしても、真山青果の本は、とても堅固なものですね。
中途半端な改変は許さない構造です。そのぶん、テキレジには時間と労力と正確さが必要とされました。
やっていくうちにまた変化はあるだろうけど、大黒柱となる台本が体裁を整えたので、私たちはよりどころを得た感があります。
良い台本でよい公演にしますからね。

玄朴と長英
作:真山青果
グルッポ・テアトロ
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真山青果と現代劇

2008/07/17 02:17
稽古も、エチュードを本格的にこなしつつ、台本も忘れずにといった感じで進んでいます。

真山青果の戯曲は、構成はもちろん、人物描写も優れていて、台本に多くのヒントが隠されています。歴史上の史実も、説明でなく、有機的にセリフに絡んでいます。役者も演出も良い勉強になります。そして、あえてセリフから離れて人物に近寄ることで見えてくる要素もあります。エチュードはそんな方法のひとつなのです。

エチュードというのは、演劇の世界でも、いろいろな捉え方、解釈の仕方があるようです。外来語なので意味も多様になってしまうのは仕方ありません。グルッポ・テアトロのエチュードの方法は、戯曲に書かれていない役の人物の場面を自分の言葉で作ること、役の人物たちの葛藤の場面を単純な身体行動で作ることです。ことばでは分かりにくいですね。台本のセリフを使わないで場面を作ることと捉えてもよいでしょう。

真山青果の台本は、かなりまとまった、しかも言いにくいセリフです。いくぶん観念的な言葉遣いもします。真山青果をセリフ通りそのまま演じると、どう考えても歌舞伎的なセリフまわしにはならないと思います。しかし、歴史的に歌舞伎的な様式でセリフをいう上演が多かったためか、真山青果を上演するときには、歌舞伎のような舞台を期待されます。

人間を書いた真山青果を、歌舞伎の様式だけで判断するのは乱暴です。歌舞伎ができなかったこと、歌舞伎が達成した成果を、現代劇が追求するのは当然です。グルッポ・テアトロは、『お夏清十郎』『玄朴と長英』と、真山青果の作品を連続で上演します。良い台本は、ジャンルを越えて、よい上演を生み出すものと信じて取り組みます。

真山青果の戯曲ということで期待されている方もいらっしゃいましょう。
よい台本なので、どのように使っても耐えられる強さを持っています。エチュードを考える時に、いくつもの可能性が生まれたのがその証拠です。
たえず頼りになる大きな柱として、真山青果の『玄朴と長英』は腰を据えています。

真山青果を詳しく知りたい方、グルッポ・テアトロの真山青果のとらえ方を知りたい方。
ホームページをご覧ください。
公演を見る前の予備知識や資料などを取りそろえています。
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