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台本完成!

2008/07/30 23:50
今日の稽古は、会場の手違いなどから、4時間の間に転々としながらの稽古でした。
今日は、もともと予定はしていたのですが、そんな影響もあり、台本を完成させました。

もちろん今までにも台本はありました。
真山青果が1924年に書いた作品ですからね。
真山青果が書いた戯曲を手直しさせてもらって、上演台本を作ったのです。
大作家の真山青果の本ではありますが、古い言葉、意味の取りにくい言葉があります。現代のお客さんが聞いてもわかるように手直しが必要でした。もちろん大幅な改ざんはしません

といいつつも、今まで出来ていたのは第4稿。つまり第5稿が決定稿となるわけです。
第4稿までは、6月の段階までに、白岩がテキストレジーをしていました。
稽古が始まってから、およそ1カ月間、分かりにくい表現やより良い表現を求めていたというわけです。大げさに言えば・・・言い過ぎですけど
そして今日みんなで意見を出し合って、上演台本が完成

それにしても、真山青果の本は、とても堅固なものですね。
中途半端な改変は許さない構造です。そのぶん、テキレジには時間と労力と正確さが必要とされました。
やっていくうちにまた変化はあるだろうけど、大黒柱となる台本が体裁を整えたので、私たちはよりどころを得た感があります。
良い台本でよい公演にしますからね。

玄朴と長英
作:真山青果
グルッポ・テアトロ
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エチュード仕事人 vol.3 鈴木太一・佐藤学二

2008/07/28 17:10
玄朴と長英の稽古もまた新たな段階に入ってきそうです。

この日は、エチュード仕事人として、先日も来てくれた佐藤学二くんに加え、
鈴木太一くんが参加してくれました。

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鈴木太一くんの紹介をしましょう。
左側の青年ですが、見ての通りタンクトップ。それがもうトレードマークのようです。
わたくし、もう何年もその姿を見ています。
歩き方にも特徴があるんですけどね…

太一くん、現在は、「劇団無=魂」(むこん)に所属しています。
10月にも芝居に出演するようです。その稽古の合間をぬって仕事人として参加してくれました。
2008年10月2日〜5日の7回公演。六本木アトリエフォンテーヌにて。
くわしくは、ムコンさんのホームページで。

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また、佐藤学二くんは、前にも紹介しましたが、シアターΧの所属ということで頑張っています。
右の写真の一番左です。
以前もお知らせしました。学二くんのダンスの舞台に、実は太一くんも参加するのです。
主催は、ミチコ・ヤノ・モダンバレエCo.。
8月30日19時半から。シアターΧにて。

エチュードは、戯曲の核心に触れるような重要な人物をめぐってのものになりました。
人物像を説明して、演技してもらうのも難しいものです。
しかし、佐藤学二くんは二回目ということもあり、大槻俊斉の人物像にまた新たなものが加わりました。
鈴木太一くんは、伊東玄朴の家の門番の老人をやってくれました。やりたいようにやってくれて、台本では考えられないような場面が出てきましたね。

個人の想像力には限度があります。
このように、一件ハチャメチャでも、場面が具体化することと、生活の要素を体験できることは、実は演技の役にたつのですね。
エチュード仕事人には、演技というよりも、その人柄・人間の面で、具体的に接するわけですから、とても助けになります。稽古の活性化にもつながるしね。

最後は、また記念撮影。
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実はこの4人と、撮影者の白岩は、グルッポ・テアトロ「お夏清十郎」を一緒に作りあげた仲間だったのです。
ちなみに、佐藤学二くん、鈴木太一くん、白岩は、シアターΧの学校の同期でもあります。
また、栗栖正二さんと佐藤学二くんは、元劇団の同僚。
男5人が集まって、「友情」がテーマの芝居を稽古する。
おもしろい一日でした。
前列:宮川知久。中列左から:佐藤学二、栗栖正二。後列:鈴木太一。撮影者は白岩知明でした。
玄朴と長英公演。グルッポ・テアトロ

どうもありがとう太一くん、学二くん
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玄朴と長英プレビュー公演

2008/07/28 16:26
7月26日土曜日に Cocokara 1 DAY CAFE de BLUE DRAG vol.2 での玄朴と長英プレビュー公演・公演告知を終了しました。

会場のBLUE DRAG は、小さいけれど雰囲気のあるジャズバーのような感じでした。
ビル自体にいくつかのライブバーがあって、音楽家の集うような場所でしたね。

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告知のほうは、お昼には栗栖正二高野長英役で一人芝居彼は本番前は緊張する性質で、見ているだけで笑えました。
その緊張がいい意味ではじけるようなアドリブにつながりました。
自分では恰好のいいセリフだと思っていることがお客さんにウケなくて、空回りするところも彼らしい特徴です。
そんな魅力をたっぷり出しながら、昼の告知は15分で終了しました。
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ちなみに右の写真はは終演直後に撮影いたしました。栗栖正二。

夜の回は宮川知久伊東玄朴の役で。
こちらは、種痘所の設立の嘆願書を求めるというようなひとり芝居をやりました。
彼の魅力は、その落ち着いた語り口と、少し狡猾な雰囲気でしょう。
夜の回のお客さんは、お酒も入っていて、わたしたちの告知どころではないようでした
そんな中、PRをさせてくれたcocokaraの前川さんに感謝です。

夜はですね、わたくし、写真を撮り忘れました。はい。
ということで、
玄朴と長英プレビュー公演は無事終了しました。
この告知のためにいらっしゃったお客さんも含め、どうもありがとうございました

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玄朴と長英「仮」チラシ

2008/07/24 13:26
またまた登場です。

今回は玄朴と長英「仮」チラシのお知らせです。

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このチラシは7月26日の池袋でのイベントで配布させてもらいます。
その1回のみです

Cocokara 1 DAY CAFE de BLUE DRAG vol.2
7.28(土) 14:00START 
会場:ブルードラッグ(BLUE DRAG )

前にも書きましたね。プレビュー公演のことです。
ココカラのイベントでPR・告知をさせてもらうのです。
そのためのチラシ作成です。
ちなみにこれは吾輩の作成よ

実は、今この段階で本チラシのデザインは出来上がっているのです。
そちらのデザインは本職のshokoさん。さすがの出来栄えです。
ブログをやっているようですね→こちら
公開はもう少し後、チラシが印刷されてからにします。
それまでは秘密です。
その間、この仮チラシが顔となって頑張ります。
それにしても短命だな

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ココカラのイベントチラシもまた載せてみます。デザインは同じ、shokoさん。

土曜日は頑張ります
ぜひお越しください。
午後は、展覧会で夜はライブ。
私たちのほうは、午後が栗栖正二で、夜は宮川知久が出演します
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グルッポ・モバイル (携帯ホームページの開設)

2008/07/24 13:01
少し更新が滞りました。ごめんなさい
いろいろなお知らせが次々にあって、どれから掲載していくか、ブログかHPかどこに掲載するかで迷っていました。で、迷ったまま放置しておいたというわけで…

まずは、HPをごらんになった方はご存じかと思います。→グルッポ・テアトロ ホームページ

携帯電話用のホームページを開設しました

グルッポ・テアトロのホームページは、パソコンで見られるように念頭において制作していました。
携帯電話で見ると、画像が許容量をこえていたり、文字の段組みが崩れてみえたりしていたのですね。
自分でも携帯で見ましたが、見づらかったり、体裁が整っていなくて何の情報なのだか分からなくなっていました。

画像
そこで、携帯電話用のホームページを作りました。
名称:グルッポ・テアトロ モバイル
愛称:グルッポ・モバイル もしくは携帯グルッポ
右記のQRコードで、バーコードを読み取ってください。
URLを手動で入力される方は
http://www.gruppoteatro.net/を入力してください。
ちなみに上記のクリックで携帯ページも見られますが、見づらいです

グルッポ・モバイルの大きな特徴は
1.ニュースページ
2.簡素な情報
3.チケットフォームの開設
です。

1.のニュースページは、お知らせや稽古場の情報を新聞記事風にお伝えする欄です。ブログには書かない記事を書きます。携帯グルッポ専用の記事というわけですね。
2.の簡素な情報。情報をつめこみすぎず、必要な情報を手短に掲載します。
3.のチケットフォーム。PC用のホームページでもメールフォームはあります。今回はメールフォームを使った方に割引をいたします。携帯電話でご利用の方にも公平になるように、携帯グルッポでもチケットフォームがあります。そこからのチケット予約も割引になります

はい。長く書きすぎるのが悪い癖です

今回は、グルッポ・モバイルの開設の紹介でした。
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エチュード仕事人 vol.2 佐藤学二

2008/07/21 01:59
さてさて昨日に続いて助っ人の登場です。
今日は佐藤学二くん。
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三人のうちの真ん中です。
グルッポ・テアトロの「お夏清十郎」公演で飛脚役で暴れまわった暴れん坊です。

佐藤学二くん
現在はシアターΧの所属になっています。お夏清十郎のときは劇団モーリェ。
演出の白岩知明とは、その前に3年間一緒の養成所で演劇を学んだ仲間です。
また、高野長英役の栗栖正二さん(イプセンを上演する会)とは、それよりも前に同じ劇団で舞台に立った仲間です。
伊東玄朴役の宮川知久さん(Pカンパニー)も「お夏清十郎」で一緒だったので、気心の知れた仲。

また彼はダンスの公演にも4回ほど出演しています。
本人はいっぱしのダンサー気取りですが、周囲の人はそれを認めてはいません。
8月にダンス公演があるようです。
8月30日19:30 『続・アクアの世界』 於:シアターΧ 

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さて、左の写真は照明を本当にいじっているのではありません。
ちょっとした訓練をかねたエチュードといったものです。
栗栖さん所属のイプセンを上演する会の持ち小屋。北池袋新生館シアターで稽古しています。

佐藤学二くんはエチュード仕事人歴が長いので、いろいろおもしろい人間性を具体化してくれました。
今回彼が演じてくれたのは、伊東玄朴と高野長英の共通の友人、戯曲にも名前が出てくる、大槻俊斉です。
玄朴と長英ツアーでも、大槻の家付近に訪れました。
台本を読んだ事はないのかと思いきや、音響の音作りでこの「玄朴と長英」に参加したことがあるもよう。
そのわりには、何も話を覚えていないのでした…

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最後にまた記念撮影です。
前二人、左から宮川知久、栗栖正二。後ろが佐藤学二。
撮影は白岩知明
学二くんは再度参加してくれます。その日も楽しみです。
勢いあまって、学二・宮川・白岩の三人で池袋まで徒歩で帰ってしまいました。

学ちゃんありがと
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エチュード仕事人 vol.1 須藤沙耶

2008/07/20 01:47
前にも伝えましたが、グルッポ・テアトロは稽古方法にも変化球を使います。
エチュードと呼ばれる稽古です。
そのエチュードも宮川・栗栖の2人でやるのには限度があります。
ですので、助っ人を呼ぼうと、ここまではお話しいたしました。

さて、そのエチュード仕事人の第一弾として、
須藤沙耶さんが登場してくれました。

須藤沙耶さん。
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真ん中の赤い服の女性です
宮川知久さんと同じく、Pカンパニーの所属です。

前にもお話しいたしましたが、木山事務所に所属していた女優さんです。

また、グルッポ・テアトロの「お夏清十郎」公演で“お竹”の役で出演してくれた実力のある女優さんです。
Pカンパニーの公演も10月にはあります。その出演も含め、いろいろなところに出演し、ますますの活動期待しましょう
(このブログ内にもPカンパニーについての記事もあります
→「Pカンパニー」)

さて、必殺の仕事人が、台本の中身も知らないまま、役者の説明・打ち合わせの後、エチュードに参加しました。さすがに、フットワークと飲み込みも早いです。
宮川知久さんとのコンビもさすがです
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もちろん、栗栖正二さんとも「お夏清十郎」で何度もエチュードをしたので、自然に取り組めました。
台本の中に名前は出てくるけども、舞台には登場しない人物を具体化するのがエチュード。
今日は、須藤沙耶さんが二人の男たちの女房役をやってくれました。


前回紹介した、プレビュー公演で演じる内容も、栗栖さんバージョン、宮川さんバージョン両方とも、須藤さんの前で披露しました。
須藤さんを前にした告知というのもおもしろかったです。
こうやって、新しい風が入ることで、稽古場が活性化しましたね
明日も強力な仕事人が登場します。

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最後に記念撮影をしました。
左から、栗栖正二、須藤沙耶、宮川知久。
撮影は白岩知明でした。

沙耶ありがとう
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プレビュー公演

2008/07/20 01:04
グルッポ・テアトロです。

玄朴と長英の公演は9月19日からですが、その公演の告知・PR、プレビュー公演をします。

7月28日(土)に池袋西口の、ブルードラッグ(BLUE DRAG )で
Cocokara 1 DAY CAFE de BLUE DRAG vol.2のイベントの一貫として行います。14時から23時まで続きます。
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住所は、豊島区西池袋3-29-3 梅本ビル2Fa。
このイベントの詳細はこちら
グルッポ・テアトロのHP(ニュースページ中ほど)へ。

展覧会と音楽のライブをミックスした、趣向の凝ったイベントです。
「玄朴と長英」の音楽を担当の若柳吉三郎さんがジプシーギター弾きまくりです。
第一回目のイベントは、大盛り上がりだったそうです。

「玄朴と長英」の告知ということで、若柳吉三郎さんの作曲のテーマ音楽に合わせ、役者が「玄朴と長英」の物語をいっぷう変わった方法でお伝えします。
伊東玄朴玄朴役の宮川知久さん、高野長英役の栗栖正二さんが、一緒に出演でなく、昼・夜と分かれて公演します。
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昼は展覧会がメインで、音楽演奏を脇でやるという形です。
ここでは栗栖さんの登場。15時40分〜15時55分を予定しています。
夜はライブがメイン。
しっとりと落ち着いた空間で、宮川さんの登場。21時15分〜21時30分の予定です。
対照的な方法で、「玄朴と長英」の魅力を伝えてくれることでしょう。
お楽しみに。
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真山青果と現代劇

2008/07/17 02:17
稽古も、エチュードを本格的にこなしつつ、台本も忘れずにといった感じで進んでいます。

真山青果の戯曲は、構成はもちろん、人物描写も優れていて、台本に多くのヒントが隠されています。歴史上の史実も、説明でなく、有機的にセリフに絡んでいます。役者も演出も良い勉強になります。そして、あえてセリフから離れて人物に近寄ることで見えてくる要素もあります。エチュードはそんな方法のひとつなのです。

エチュードというのは、演劇の世界でも、いろいろな捉え方、解釈の仕方があるようです。外来語なので意味も多様になってしまうのは仕方ありません。グルッポ・テアトロのエチュードの方法は、戯曲に書かれていない役の人物の場面を自分の言葉で作ること、役の人物たちの葛藤の場面を単純な身体行動で作ることです。ことばでは分かりにくいですね。台本のセリフを使わないで場面を作ることと捉えてもよいでしょう。

真山青果の台本は、かなりまとまった、しかも言いにくいセリフです。いくぶん観念的な言葉遣いもします。真山青果をセリフ通りそのまま演じると、どう考えても歌舞伎的なセリフまわしにはならないと思います。しかし、歴史的に歌舞伎的な様式でセリフをいう上演が多かったためか、真山青果を上演するときには、歌舞伎のような舞台を期待されます。

人間を書いた真山青果を、歌舞伎の様式だけで判断するのは乱暴です。歌舞伎ができなかったこと、歌舞伎が達成した成果を、現代劇が追求するのは当然です。グルッポ・テアトロは、『お夏清十郎』『玄朴と長英』と、真山青果の作品を連続で上演します。良い台本は、ジャンルを越えて、よい上演を生み出すものと信じて取り組みます。

真山青果の戯曲ということで期待されている方もいらっしゃいましょう。
よい台本なので、どのように使っても耐えられる強さを持っています。エチュードを考える時に、いくつもの可能性が生まれたのがその証拠です。
たえず頼りになる大きな柱として、真山青果の『玄朴と長英』は腰を据えています。

真山青果を詳しく知りたい方、グルッポ・テアトロの真山青果のとらえ方を知りたい方。
ホームページをご覧ください。
公演を見る前の予備知識や資料などを取りそろえています。
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配役決定

2008/07/14 08:13
グルッポ・テアトロの玄朴と長英、稽古もますます熱を帯びてきています。
今日は配役の発表がありました。

今日までの稽古は、ふたりの出演者が、ふたつの役をやるという形で試してきました。
配役を見極めるという意図よりも、役にとらわれず『玄朴と長英』の戯曲を大きく捉えようという意味合いが強かったのです。
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宮川知久さんも、栗栖正二さんも、それを理解しながら取り組んできました。

で、今日は約束通り、配役を発表ということになったのです。
今にして思うと、配役がもっと後にずれこんでもおもしろかったかも。宮川さんなんて、日替わりで役を入れ替えようかなんて言ってました。栗栖さんも、「これからも役を入れ替えてやってみよう」なんて言ってました。
どちらでもできる。こんな柔軟な姿勢で戯曲に取り組むのは、酸素をいれこむようなものですね。活性化します。

はい。役はとりあえず決まりました。

伊東玄朴役:宮川知久さん(Pカンパニー)
高野長英役:栗栖正二さん(イプセンを上演する会)

さっそく即興のエチュードに取り組みました。
グルッポ・テアトロの『お夏清十郎』公演で、この方法にもずいぶん慣れて、おもしろいエチュードが出来上がりました。エチュードから場面への移行も試してみました。

また、エチュードをやるにあたって、ゲストの力を借りようということになって、稽古場に強力な助っ人を呼ぶことに決めました。頼めそうな20人近くのうち、時間が空いて協力的な人に、エチュードに参加してもらいます。

ちなみに稽古場は、今、北池袋でやっています。
画像

小さい駅ですね。
しばらく、ここで稽古行います。







玄朴と長英真山青果
江戸時代の二人の蘭学者を描いた作品です
グルッポ・テアトロの第2回公演
2008/9/19(金)〜2008/9/21(日)
詳しくは、玄朴と長英公演の特集ページ
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玄朴と長英ツアー その4

2008/07/13 15:12
グルッポ・テアトロ玄朴と長英ツアー報告の最終回になります。
このブログを見て、高野長英伊東玄朴、また、真山青果の『玄朴と長英』にご興味を持った方は、ぜひグルッポ・テアトロのホームページをご覧ください。随時、情報を掲載していきます。

さて、前回は
D高野長英の蘭学塾(半蔵門)
E渡辺崋山の生誕地(半蔵門)
F小関三英の住居があった辺り(赤坂)
をお知らせしました。

今回の報告は
G高野長英の最期の地(表参道)
H高野長英の墓(表参道)
です。

一行は赤坂から千代田線に乗って表参道に向かいました。
その日は土曜日でしたので、表参道は観光客でいっぱい。暑いこともあって、街はのんびりムードでした。
われわれもよく歩き回っています。

高野長英の最期の地(表参道)は、南青山5の青山スパイラルの建物玄関口にありました。
画像

ここは、高野長英が脱獄後、日本中を逃亡して回って、ほとぼりがさめたころに江戸に身を隠した所であります。長英は沢三伯と名乗って、そこで町医者として借家住まいをしていたのです。この辺りは、下級武士たちの住むところではありましたが、ちょうど江戸のはずれの場所なのでした。
今なら、青山通り沿いで表参道という立地は人気のあるところすが、江戸時代後期は江戸のはずれぎりぎりのところだったのです。

石碑はあるのはいいのですが、なんと、お店の植木がそれを邪魔している。
人通りも多く、目立つ場所なのに目立たないのはこのためかもしれませんね。渡辺崋山の案内版のように錆びれてはいませんでしたが、やはりアウトローは現在でも虐げられるのですな

最後に、高野長英の墓(表参道)に行ってきました。
ここは、表参道交差点からすぐの善光寺にありました。長野の善光寺の別院だそうです。
高野長英のお墓にお参りをしました。
画像

暑かったので水もかけました。

これで玄朴と長英ツアーは終わりました。
まだまだ見るべきところはありますが、主要なところは見て回りましたね。
ちなみに伊東玄朴のお墓は谷中のお寺にあるそうです。
高野長英について詳しくお知りになりたい方は、新潮文庫『長英逃亡』(吉村昭)をお読みになるとよいのではないでしょうか。
伊東玄朴については、マンガで、手塚治虫の『陽だまりの樹』をご覧ください。

よいツアーでした。
最後に三人(宮川知久栗栖正二白岩知明)で食事をして、暑い暑い一日を終えました。
これを『玄朴と長英』の公演に結び付けましょう。
玄朴と長英』の案内はこちらからどうぞ。2008/9/19(金)〜2008/9/21(日)の4回の公演日程となっております。
また、冒頭にも書きましたが、グルッポ・テアトロのホームページにご興味の方はぜひともご覧になってください。
画像


4回にわたるお付き合い、ありがとうございました。
今回は、G高野長英の最期の地(表参道)〜H高野長英の墓(表参道)の行程を報告いたしました。

玄朴と長英の研究ツアー全体では
@小伝馬町の牢屋敷跡(小伝馬町)
Aお玉ヶ池種痘所跡(岩本町)
B大槻俊斉の住居があった辺り(秋葉原)
C伊東玄朴の住居跡(秋葉原)
D高野長英の蘭学塾(半蔵門)
E渡辺崋山の生誕地(半蔵門)
F小関三英の住居があった辺り(赤坂)
G高野長英の最期の地(表参道)
H高野長英の墓(表参道)
このように、辿っていきました。報告のその1からその4まで、ごゆっくりお楽しみください。
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玄朴と長英ツアー その3

2008/07/13 14:13
グルッポ・テアトロ玄朴と長英ツアーその3です。

前回は、秋葉原までたどりついたお話しをいたしました。
B大槻俊斉の住居があった辺り(秋葉原)
C伊東玄朴の住居跡(秋葉原)

今回は、
D高野長英の蘭学塾(半蔵門)
E渡辺崋山の生誕地(半蔵門)
F小関三英の住居があった辺り(赤坂)
この行程を報告します。

われわれは半蔵門へ向かいました。
まず、場所が確定できている、高野長英の蘭学塾跡「大観堂」。
画像
平河町にあります。
高野長英は、長崎から江戸に来て、ここで町医者として活躍します。近くには、渡辺崋山や小関三英、その他の蘭学者や勉強家が住んでいて、1大サークルができていたようです。いわゆる勉強会です。
江戸城の半蔵門の目の前で、このような革新的な勉強会が開かれているのを、幕府が許さなかったのが、蛮社の獄というでっちあげの事件にあらわれています。
高野長英は、この蛮社の獄で逮捕され、小伝馬町の牢屋敷に入れられるのですね。

渡辺崋山の住んでいた屋敷は、古地図と現在の地図との見較べで、だいたいの見当をつけました。それで、国会図書館をめざしました。宮川知久さんが図書館の所員に聞いてくれて、われわれは隣の憲政記念館に行きました。そこでも宮川さんが聞いてくれて、渡辺崋山の史跡の位置がはっきりしました。
ちょうど三宅坂のぼり口の信号のところです。つまり、国会図書館から青山通りをはさんで向かい側の、最高裁のところです。

ありました、ありました。これです。
場所的にはとても分かりやすいところなのですが、案内版が陰に隠れていて分かりにくい。
画像

渡辺崋山のこの扱いに、宮川さん、栗栖正二さん、白岩知明の3人とも苦笑いでした。

また、案内版も色あせていました。う〜ん
画像

思えば、目の前は江戸城がドカンとそびえたっているその場所で、渡辺崋山は高野長英などと勉強会を開いていたのですね。こんなに堂々と勉強していたのを、幕府を転覆するためと言いがかりをつけられたわけです。

ここを後にして、小関三英の住居があった辺り(赤坂)を目指しました。
小関三英は蘭学者で、渡辺崋山や高野長英とともに勉強をしていた仲間です。蛮社の獄で捕まり自殺しました。小関三英が住んでいたのは、赤坂の日枝神社の近く、プレデンシャルタワーのあるあたりのようです。しかし史跡もないので、この辺りだなと感慨にふけりながらわれわれは青山に向かいました。
青山の表参道は、高野長英が身を隠し逃亡し続け、最後に捕まってしまった場所があります。
次回、報告したします。

今回の報告は、
D高野長英の蘭学塾(半蔵門)〜E渡辺崋山の生誕地(半蔵門)〜F小関三英の住居があった辺り(赤坂)でした。

玄朴と長英の公演案内はこちらへどうぞ
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玄朴と長英ツアー その2

2008/07/06 16:49
グルッポ・テアトロ玄朴と長英の研究ツアー。
続きます。

昨日紹介したのは
@小伝馬町の牢屋敷跡(小伝馬町)
Aお玉ヶ池種痘所跡(岩本町)

今日は
B大槻俊斉の住居があった辺り(秋葉原)
C伊東玄朴の住居跡(秋葉原)
を紹介したいと思います。

小伝馬町から秋葉原までは地下鉄で1駅なので、歩いてもそれほどかかりません。
お玉ヶ池種痘所跡の前にこんな古い住居を見つけました。
画像

味のある家で、宮川さんも、白岩も、こんな家が好きなので、写真に収めました。

秋葉原に向かって、昭和通りを歩きました。
和泉橋のところで、戯曲にも出てくる「柳原の土手」の位置を確かめました。この付近は江戸時代何度も火事になったそうです。そんな記述のある掲示板があったのです。

大槻俊斉の家は、古地図にきちんと名前までのって記載されています。
秋葉原の駅から昭和通り沿いに北に行くと、1分で神田練塀町という路地に辿り着きます。昔の区画のままのようなたたずまいを見せる路地でした。大槻俊斉の家はそんなところにあります。道も変化しているので、大体の見当でこの辺りだろうということで決着しました。
真山青果の戯曲では、高野長英伊東玄朴の家に行く前に、大槻俊斉の家に立ち寄っていたという記述がされています。

ここで、いきなり、宮川知久さんがオーディオ店に入っていって、椅子に座って音楽を聴き始めました。音楽に造詣の深い宮川さんならではの突発的な行動に、栗栖正二さん、白岩知明は唖然としました

高野長英は「切りはなし」の後、2日間を何して過ごしていたかが、われわれのなかで疑問になっていましたが、その謎が解けました。高野長英は、牢屋が焼けて切りはなしになった後、神田練塀町のオーディオ店で、音楽を聴いていたのでしょう。

伊東玄朴の住居跡はそこからすぐの場所。昭和通りと蔵前橋通りの交差点の角にあります。掲示板もありました。
画像
今回のツアーの目玉の場所であり、舞台設定も、ここにある玄朴の家の中だということで、感慨もひとしおだったように思えます。ちなみに写真に写っているのは、あの宮川さん。

伊東玄朴は、ここに象先堂という医院を構え、大名のお抱え医者として、また、種痘に関するパイオニアのひとりとして大成しました。高野長英とは対照的な人生です。真山青果は、その対照的な二人の葛藤を作品にしたのですね。二人は学友です。
昨日紹介した、お玉ヶ池種痘所は、建設後1年で焼失し、玄朴の医院・象先堂の隣に建設されました。

ここで、秋葉原を後にして、半蔵門に向かいました。
半蔵門には、高野長英の医院・塾、渡辺崋山の生誕地・居住地があるのです。
次回、報告します。

今回はB大槻俊斉の住居があった辺り(秋葉原)〜C伊東玄朴の住居跡(秋葉原)の道のりの紹介でした。
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玄朴と長英ツアー その1

2008/07/06 02:19
土曜日はうだる暑さのなか玄朴と長英の研究ツアーとして、東京都心の史跡などを歩いてきました。
名づけて「グルッポ・テアトロ 玄朴と長英ツアー」、ってそのままじゃん
メンバーは、宮川知久さん、栗栖正二さん、白岩知明の三人です。
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玄朴と長英』に関係するもの、参考になるものを見て回って、演劇の公演に参考にするのです。
玄朴と長英』の登場人物は、伊東玄朴高野長英の二人ですが、戯曲に名前だけでも登場してくる人物ゆかりの地や、その人の住んでいた所、関係する施設をしらみつぶしに歩いて見て回るのです。
玄朴と長英』は江戸時代後期の話、1844年のお話です。ちなみに作者は真山青果

午後1時に中央区の小伝馬町に集合しました。
今日のツアーの主な行程は、こんな感じです
@小伝馬町の牢屋敷跡(小伝馬町)
Aお玉ヶ池種痘所跡(岩本町)
B大槻俊斉の住居があった辺り(秋葉原)
C伊東玄朴の住居跡(秋葉原)
D高野長英の蘭学塾(半蔵門)
E渡辺崋山の生誕地(半蔵門)
F小関三英の住居があった辺り(赤坂)
G高野長英の最期の地(表参道)
H高野長英の墓(表参道)


はい。暑かったです、今日は。

まず、小伝馬町の牢屋敷跡です。これは、『玄朴と長英』に限らず、江戸時代のお話にはよく登場する場所ですね。吉田松陰なども、そこに収容されて死にました。
高野長英は政治犯として、小伝馬町の牢屋敷に入れられました。そこで4〜5年ほど囚人として生活していました。牢屋敷の火事で、人道的な措置で、「切りはなし」といって一時的に囚人を解放する制度があります。三日以内に両国の回向院に向かえば、収容されますが、減刑となります。その「切りはなし」で長英は牢屋を出て、結局は戻らず日本全国を逃亡したという実話があります。
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玄朴と長英』は、その3日目のお昼、回向院に向かうか逃亡するかの選択肢を抱えたなかで、友人の伊東玄朴を訪れるという話なのです。

小伝馬町の牢屋敷は広く、公園の牢屋敷跡の碑が立っているところだけでなく、今は住居となっている場所や、学校なども含んだ、とても大きな敷地でした。公園には「時の鐘」といって、時報の鐘がありました。これは、実際はもう少し本石町よりにあったようです。高野長英は、この鐘を聞きながら、外の世界を感じていたのかもしれませんね。

一行は、秋葉原の伊東玄朴の住居跡に向かって歩いていきました。
道のりの途中、時津風部屋のちゃんこ屋が、痛々しい感じで閉店されていました。

伊東玄朴らが金を出し合って建てた、お玉ヶ池種痘所跡が途中の岩本町にありました。この種痘所は東大医学部の発祥の施設です。お玉ヶ池は、江戸前期には不忍池と同じくらいの面積があったそうです。今は何の跡形もなく、水たまりすらありませんでした。

長くなるので、何回かに分けて書きます。
今回は、@小伝馬町の牢屋敷跡(小伝馬町)〜Aお玉ヶ池種痘所跡(岩本町)という道のりをお伝えしました。
次回、お楽しみに。

また、全行程をお伝えした後に、グルッポ・テアトロホームページのほうにも、特集ページとして写真を豊富にとりいれて、ツアーの模様をお伝えします。バチバチ写真を撮ってきましたので、お楽しみに。
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玄朴と長英 〜愛しくも、憎らしく〜 2008年7月のブログ記事/BIGLOBEウェブリブログ
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